哲学: 大森の成功マインドイノベーションブログ〜成功への旅は脳内から始まる〜

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2016年10月31日

プラトンのためになる 名言たち



全ての心は、歌を歌っている。だがその歌は、他の心が歌い返してはじめて完璧なものとなる。歌うことを望むものは、その歌に辿り着くだろう。愛する人の前では、誰もがみな詩人である




ギリシャ神話によれば、人々は四本の腕に四本の足、そして二つの顔を持っていたという。その力を恐れ、ゼウスは人を二つに分けた。それゆえ、人は自らの半身を探しているのだ

もし人が自身の半身と出会ったなら、それがどんな相手であれ、愛と友情と親密さの最中で我を忘れ、たとえひとときでも離れることはできなくなるだろう



人の器は、力を持ったとき、その力で何を為すかで計られる





今この瞬間、私たちは眠りながら夢を見ているのか、それとも起きて話をしているのか、誰が証明できるというのだろう





最後の名言は シェイクスピアみたいだね。 





人は 夢を見ずには 要られない 生き物さ。




タグ:プラトン
posted by 大森 at 16:16 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

過去に行けば 過去を変えることができるのか

過去に行けば 過去を変えることができるのか



過去に行って、過去を変えたいと思う人も多いだろうが 


残念ながら、過去を変えることはできないと言われている。 



科学的なことはわからないが 


おそらく一次元の時間軸である、時空連続体そのものを

変えることはできないのでしょう。 



それはアニメやゲームでも証明されている。 


結局は過去を変えることができない。 


例えば FF8では 


エルオーネや 魔女のアルティミシアでさえ 

過去を変えることができなかった。 


過去に意識をジャンクションをしても

過去の時間軸を圧縮しようとしても

魔法を使っても 


過去を変えることはできなかった。





なので、おそらく タイムマシンなどで過去に行っても 


同じ結果になることだろう。



刹那から見れば、過去はただ遠ざかっていくだけの存在。 



それを変えても、結局 現在は変わらないということでしょうね。

posted by 大森 at 19:05 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月30日

人生哲学 人生とはクソゲーである。ノーゲームノーライフ

人生哲学 人生とはクソゲーである。


これが結論ですよ。 


結局はアンフェアというクソゲーの中で生きていかないといけない。 


ノーゲームノーライフというアニメを知っている人なら  

おそらくクソゲーという言葉がピンとくるでしょう。


彼らもその中で色々と名言を残しています。 


一部を紹介すると 

・リアル(現実)が辛い?
なら、逃げても良いんだよ。
どうせ、
こんな世界なんだから。

・なぁ、白。
空を飛びたいと願えば翼が生えてくんのかね?
違うと思うんだ。
変えるべきは自分じゃなくて手段だと思うんだ。
今の自分で空を飛ぶ方法を
考えるしかないと思うんだ。


・なあジイさん、「チェック・メイト」の意味知ってるか?
チェック・メイトって、将棋で言う「王手」とは違う討ち取ったって報告だ
あんたに最初にあった日から、あんたら、何をしようと無駄だったのさ、言ったろ?
チェック・メイトーってさ 

・この世に運なんて存在しない。ルール、前提、心理状態。そんな無数のみえない変数がもたらす予測できない必然で、ゲームの勝敗は始める前には終ってるんだ。


・人類の可能性は無限。ただ、プラスにもマイナスにも無限なんだよ

・生まれてくる世界を間違えたと感じたことはないか


そして 一番の名言がこれ

・ルールも目的も不明瞭な中
70億ものプレイヤーが好き勝手に手盤を動かし
勝ちすぎても負けすぎてもペナルティ
パスする権利もなく、しゃべりすぎたら疎まれる
パラメータもなくジャンルすら不明
こんなもの、ただの、クソゲー





ほんと そのとおりだなと思いますね。  まさに本質をついている。


人生は所詮クソゲーなんだから、 もっと気軽に生きろってことなんですよね。



だから、そんな重く考える必要はないのです。 

他人のルールで生きる必要もないのです。 


人生とは 私のものだから。 



正直言えば、  人間が生きる意味なんてものはないかもしれませんが 


そもそも論として、 意味を求めてもしかたがない。 


じゃあ 生命の源  宇宙に意味があるのかと言えば、きっとないでしょ。 


でも宇宙は意味がなくても、生きてるし、存在している。 


でその中にいるわれわれもまた同じ。 


人間も 宇宙と同じエネルギーを持っているんだから 

逆に言えば、それだけの可能性があるということでもあるけども。 



でも現実はねーーー 


ただでさえ、クソゲーなのに  

その上で 他人のルールやものさしというものが存在しているわけで 


それが人生の邪魔をしているんだよね。 


人間にはなぜか、 人と比べないと生けていけないという 

クソみたいな条件があるから、 苦しいんですよ。 


しかもそれを教育によって、植えつけているから  またあれなんだよね。 


人生ってそういうもんじゃないし、  もっと自由だし


よく他人ごときをそこまで信じることができるなと 思うわけです。 


 結局は 自分の答えは自分の中にしかないわけで 


その答えのヒントが哲学なわけですよ。 



まだ人間に生まれたんだから、よしと考えるべきでしょうよ。 



だって動物に生まれたら、 人間以下ってことでしょ。
(まぁ 彼らはその認識はないだろうけど)


人間という下等種族の更に下になるって 最悪じゃんね。 


あとあれだよね。 


人生がクソってよりは、  多分人間がクソなんだろうね。 根本的に。 


他人のどうでもいいことに拘る人が多いのが あれですよね。 














 


 





posted by 大森 at 06:45 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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