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2014年12月24日

ジアウディン・ユスフザイ: 私の娘、マララのスピーチ


あのノーベル平和賞を受賞した マララさんのお父さんです。


マララが教育のための キャンペーンを始めて 女性の権利を求めて立ち上がったのは 2007年のことでした 彼女の努力が認められたのは 2011年のことです パキスタン政府から 「国民平和賞」を授与されると 一躍有名になりました パキスタンを代表する 有名な女の子になったのです


それまでマララは 「ジアウディンの娘」でしたが 今では私が 「マララの父親」と呼ばれます

ご来場の皆さま 人類の歴史を振り返ってまいりますと 女性の歴史とは 不公正の物語であり 不平等 暴力、搾取がつきものでした ご存知のとおり 家父長社会は 子どもが産声を上げた時から 始まります 女の子が生まれると その誕生は祝福されません


誰からも歓迎されず 実の両親にすら 喜ばれません

近所の人たちが訪れては 母親をなぐさめます 父親に「おめでとう」と 言う人はいません 女の子を産んだことで 母親は―とても肩身の狭い思いをします

初めての子供が 女の子だった時 母親は悲しみにくれ 2人目の子供が女の子だと 母親はショックを受けます 今度こそ息子でありますようにと 願いながら 3人目の子供も女の子だと 犯罪者のごとく 罪悪感にかられます


家父長社会にある もう一つの規範が 「服従」と呼ばれるものです


良い女の子として 求められるのは とても物静かで慎ましく とても従順なことです これが良い条件です 良い女の子とは おとなしくなければいけません


彼女達に求められるのは 父親や母親、年長者による決定を 黙って 受け入れることです


たとえ本人が嫌だったとしてもです ですから自分が気に入らない男性や 年の離れた男性との結婚でも 受け入れざるをえないのです 従順さに欠けると 受け取られたくないからです


まだ幼くして結婚させられても 受け入れなくてはいけません さもないと従順ではないという 烙印を押されるからです すると どうなると思いますか?

ある女流詩人の言葉を借りるなら 「結婚を強いられ 夫婦関係を強いられ 次から次へと 息子や娘を産んだ」と この状況で皮肉なのは この母親が 同じ「服従」の大切さを 娘に説いて 同じ「名誉」の重要さを 息子に教えるのです こうやって悪しきサイクルが 果てしなく続いていくのです


彼女が生まれる ずっと前から 名前は決めていました


私はアフガニスタンで 自由のために戦った 伝説のヒロインに魅せられていました 彼女はマイワンドのマラライと呼ばれました 娘の名前は 彼女にちなんだものです


マララが生まれて 数日後のことです 私のいとこが 我が家にやって来て 偶然にも 家系図を持ってきたのです ユスフザイ家の家系図で それを見ると 300年前の祖先まで さかのぼるものでした


でも そこに書かれているのは 男の名前だけ


ペンを手にした私は 私の名前から線を引いて 「マララ」と書きました



私は娘の知性と聡明さを 大事にしてきました

私の友人が来ると 娘をそばに座らせ 様々な会合に 一緒に連れて行きました これら全ての良い価値観が 彼女自身に根付けばと願いました これはマララだけに 願ったことではありません


こうした良い価値観全てを 男女分け隔てなく 私の学校の全生徒に教えました 教育を通して 子ども達を解き放ちました 私が女の子達 女子生徒に教えたのは 服従の教えを学ばないこと 男子生徒に教えたのは 偽りの名誉の教えを 学ばないことです


マララは10歳になると 教育を受ける権利のため 立ち上がりました


英BBC放送のブログに日記を投稿し 米ニューヨーク・タイムズの 短編ドキュメンタリー制作に協力し あらゆる場所で声をあげました マララの声が一番パワフルでした その声は勢いを増しながら 世界中に広がり これがタリバンが 彼女の活動を 容認できなくなった理由でした


2012年10月9日のことです マララは至近距離で 額を撃たれました


マララが病院で 耐え難い苦痛を経験し 顔の神経損傷による 重度の頭痛を抱えていた時 妻の顔に 暗い影がさしたのを見かけたものです


そんな時でさえ 娘は不満をもらしませんでした よく私達に言ってくれたのは

「笑えなくたって 顔が麻痺していても大丈夫 よくなるから どうか心配しないでね」


彼女は私達をなぐさめ 癒してくれました


周りの人達から マララみたいに強くて 勇敢で雄弁で 落ちついた子供の 育て方の秘訣を聞かれます


私の答えは 「私が何かしてあげたのではなく



あることをしなかったお陰でしょう




彼女の『翼』を切り取らなかった それだけです」


ついでに マララさんのスピーチも








posted by 大森 at 21:32 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | ノーベル平和賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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