マザーテレサとマハトマガンジーの名言集: 大森の成功マインドイノベーションブログ〜成功への旅は脳内から始まる〜

2015年01月28日

マザーテレサとマハトマガンジーの名言集


これが世界を変えた言葉です。

魂レベルと抽象度が高いよね 


これ以上の名言はないのではないかと思うぐらいの言葉である。





マザーテレサの名言集


・私たちは皆、神の楽園に憧れています。でもじつは私たちは、いま置かれたところで楽園を味わうことができるのです。


・人々は与えることを学ばなければなりません。でも、与えることを義務と考えるのではなく、与えることを願いとすることが大切です。




・他人をとがめる資格が私たちにあるのでしょうか。確かに正しくないと思うことをしている人たちがいます。でも、なぜそうしているかという理由はわかりません。

イエスは、人を裁くなと言われました。もしかしたら、他人の誤った行いの責任は、私たちにあるのかもしれないのです。皆、私たちの兄弟姉妹であることを忘れないでいましょう。非難する前に、自分の心の中を見つめる義務が私たち一人一人にあります。



・大切なことは、たくさんのことを成し遂げることでも、何もかもをすることでもありません。大切なことは、いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。貧しい人々に奉仕しているとき、私たちは神に仕えているのだ確信していることなのです。




・苦しみが私たちの生活に訪れてくるとき、微笑みをもって受け入れましょう。神が送りたまうすべてを微笑みながら受け入れる勇気は、神からの最も偉大な賜物といえます。



・私たちの周りの人々を理解するように懸命に努力を尽くすべきです。そして、ともに住む人々をより理解するために、自分自身をまず理解することがどうしても欠かせないのです。




・もしも私たちが謙遜ならば、褒められようと、けなされようと気にしません。もし誰かがあなたを非難しても、がっかりすることはありません。反対に誰かがあなたを褒めてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思う必要もありません。



・平和も戦争も家庭から始まります。もし本当に世界平和を願っているなら、まず自分の家が相互に愛し合うことから始めていきましょう。もし、喜びを広げていきたいなら、まず、ひとつひとつの家族が喜びをもって生活することが必要なのです。


・私たちの清貧のひとつの表れは、繕いものに出ているといってもよいでしょう。破れたときはできるだけ上手に繕います。街や修道院のまわりを破れたサリーをそのまま着て歩き回ることは、清貧の徳の証にはなりません。

私たちは自分たちの体が、精霊の神殿だということを忘れてはいけないのです。それ故に私たちは、恥ずかしくないようにきちんと繕われた衣服を身につけて体への尊敬を表すのです。




・いま、この瞬間、幸せでいましょう。それで十分です。その瞬間、瞬間が私たちの求めているものすべてであって、ほかには何もいらないのです。いま、幸せであるように努めましょう。




・誰もがほほ笑むようになれば、世界はもっと素晴らしい場所になるでしょう。ですから、笑って、元気を出して、喜びなさい。神はあなたを愛しているのですから。


・愛の反対は憎しみではなく、無関心です。世界で一番恐ろしい病気は、孤独です。




・この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。誰からも自分は必要とされていないと感じることです。


・この世界は食べ物に対する飢餓よりも、愛や感謝に対する飢餓の方が大きいのです。




・私たちは大きなことはできません。ただ、小さなことを大きな愛で行うだけです。



・貧困をつくるのは神ではなく、私たち人間です。なぜなら私たちが分かち合わないからです。



・どんなに小さいことであっても、大いなる愛を込めて行うことは、人に喜びを与えます。そして、人の心に平和をもたらします。何をするかが問題ではなく、どれほどの愛をそこへ注ぎ込むことができるのか、それが重要なのです。



・助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。ですが、気にすることなく助け続けなさい。



・善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。ですが、気にすることなく善を行い続けなさい。



・太陽を見なさい。そうすれば影は見えなくなるから。



・年寄りにとって、他人にしたらたわいもないことでしかないのですが、自身にとっては大切な昔の物語を聞いてもらうことが大きな喜びなのです。聞いてくれる人を持たない人の話を聞いてあげるのは、素晴らしいことです。




・先進国にも、ひとつの貧しさがあります。それは、お互い同士、心を許していない貧しさ、精神的貧困、淋しさ、愛の欠如から来る貧しさといっていいでしょう。愛の欠如こそ、今日の世界における最悪の病です。




・私が怒りを覚えるのは、無駄使いです。まだ使えるものを捨てたり、または無駄にしているのを見ると、怒りを覚えます。

・男女を問わず、自分のお金をいかに貯めるかで悩んでいる人々は、真の貧者です。もし自分の手もとにあるお金を他人に与えようとするなら、そのときその人は富者、真の意味で豊かな人となれるのです。




・私の恐れているものはただひとつ。お金です。お金への執着、金銭欲こそは、ユダをしてイエスを裏切らせる動機となったのです。



・神が私に望んでいらっしゃるのは、事業を成功させることではなく、忠実に生きることなのです。神と相対して生きているとき、大切なのは結果ではなく、忠実さなのです。




・ある人がかつて私に、100万ドルもらっても、ハンセン病患者には触りたくないと言いました。私は答えました「私も同じです。お金のためだったら、200万ドルやると言われても、いまの仕事はしません。しかし神への愛のためなら喜んでします」と。




・貧しい人々の物質的な貧しさだけでなく、その精神的な傷口にも私たちは手当てをしてあげねばなりません。私たちが彼らとひとつに結ばれて、その悲しみを心から分かち合うときにのみ、彼らの生活に神をもたらし、また彼らも神に近づいて癒されるのです。



・自分のことへの思いわずらいでいっぱいだと、他人のことを考える暇がなくなってしまいます。





・夜の10時ころだったでしょうか。ドアのベルが鳴りました。私がドアを開けると、一人の男の人が寒さに震えて立っていました。「マザー・テレサ、あなたが大きな賞(ノーベル平和賞)を受賞なさったと聞いたとき、私もわずかですが何か差し上げたいと思い立ちました。

これが今日私がもらったすべてです。何卒、お受け取り下さい」それは確かにわずかでした。でも、彼の持ち物すべてだったのです。それは、私にとってノーベル賞以上の感動を与えてくれました。




ここから ガンジー


・運命は私たちがつくるものだ。いまからでも遅くない。いまをどう生きるかで、未来が決まる。



・良きことはカタツムリのようにゆっくり進む。だから、自分のためでなく人々のために働く人は、いたすらに急がない。なぜなら、人々が良きことを受け入れるには、多くの時間が必要なことを知っているからだ。




・いま以上の何か、ここではないどこかにある幸せ、それを追い求めても、それは蜃気楼です。近づけば近づくほど、遠のいていきます。いまここにあるもの、それに満足することが幸せなのです。




・私たちは人生の中で経験したことを、何もかも覚えていられるわけではない。むしろほとんど忘れてしまっていいのである。そうでなければ、後悔や迷いが頭から離れることがないだろう。ある出来事があって、そこから何かを学んだなら、起きたことは忘れてしまおう。



・もしも私にユーモアのセンスがなかったら、はるか昔に命を絶っていただろう。



・人は何度でも立ち上がる。立ち上がっては倒れ、立ち上がっては倒れ、その足元はおぼつかないかもしれない。けれども、立ち上がったことは、一生忘れることのない、かけがえのない記憶となる。




・自然は時に残酷な暴力となって、人々に降りかかる。けれどもあらゆる出来事には意味があると考えるなら、私たちは自然の猛威さえからも、目をさらさずに何かを学び、救いの道を探るべきではないだろうか。




・間違ったことをしている人を見たら、自分だって間違いを犯したことがあると思い起こそう。欲深い人を見たら、自分もかつてそうだったと思おう。こうやって世界中のあらゆる人に自分との共通点を見出せば、自分の幸せと同じように、人々の幸せを願うようになるだろう。




・私たちのように未完成な人間に、何もかも完璧にこなせるわけがない。私たちにできるのは、その時その時の妥協点を探ることである。



・政府や政治家を批判するだけではなく自分で考えてみよう。人は往々にしてマスコミの報道に振り回され、優柔不断に考えを変える。時計の振り子のように決してとどまることがない。弁の立つ人や、根回し上手な政治家をつい支持してしまう。国民にも政府と同様の責任があることをしっかりと胸に刻もう。



・この世にあるものはすべて、生成と消滅を繰り返すものと考えれば、人は物欲の執着から逃れることができる。



・不満は不安の表れである。不満が国中に広がることは、少しも悪いことではない。むしろそこには希望の光がある。現状に甘んじている限り、人はそこから抜け出そうとしないものだから。



・自分の身は自分で守るしかない。政府がいかに努力したところで、あなた達を救うことはできまい。どれほどの権力があろうとも、国民の支持が得られない政府など無力だ。だから、明日はもう政府はないと思いなさい。そのとき、あなた自身が政府となるのだ。





・そんなことはこれまでの歴史にはない。だから起こるはずがない。そう思い込んでいる人は、人間の持つ大きな可能性を見ない人だ。私たちは、まずそんな思い込みから自由になろう。そして、自分の心が正しいと思うことを、やってみればいい。





・過ちを告白することは掃除に似ている。箒で埃を払ったあとは、すっきりときれいになり晴れやかな気分になる。告白することは、より強くなることなのだ。




・人は欠点に気づいたならば、即座にそれを改めなくてはならない。改める行為そのものが、人間にとって価値ある正しいことなのだ。間違っても、欠点を見て見ぬふりをして、状況を悪化させてはならない。




・暮らしの中に、ある程度の快適さは必要です。しかし、一定レベルを超えると、それは役立つどころか心の足かせとなります。あれもこれもと際限なく欲しいものが増え、その欲求を満たさずにはいられなくなる。快適さとは、心にとって惑わしであり落とし穴なのです。




・私が富める人々に対して言えることは、富を捨てることによって富を享受せよということです。あなた達はあらゆる方法によって富を得なさい。しかし、その富はあなたのものではないことを知りなさい。それは人々のものです。必要なものだけを取り、残ったものは社会のために使いなさい。





・きっぱりと、心の底から発した「NO」という言葉は、相手に合わせて、ましてや面倒を避けるためについ言ってしまった「YES」に比べたら、はるかに価値のある言葉である。




・子供は真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない。もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子供がいたなら、罪はその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ。





・あまりにも多くの食料が、裕福な人々によって浪費されている。食料を切実に必要としているのは、貧しい人や苦しんでいる人たちだ。なのに、一部の人々の贅沢が、彼らから食料を奪ってしまう。だから裕福な人は粗食を心がけなさい。それは体調を損なうどころか、むしろ健やかな体を手に入れることにもなるのだから。




・過去は私たちのものだが、私たちは過去のものではない。私たちは現在を生き、未来をつくる。たとえその未来に私たちがいなくても、そこには子供たちがいるから。





・亡くなった人の思い出を不滅のものとするために、私たちはいま何をすべきだろう。涙を流すのはたやすい。しかし、それだけでは彼の身近な人々にも、彼を深く愛する人々にも、私たちにも、なんの慰めにもならない。

私たちがすべきことは、亡き人がそのために生き、全力を傾けた仕事を引き継ぎ達成することだ。肉体は滅びても、魂は決して滅びない。亡くなった人の魂はそうして不滅のものとなる。





・死ぬならば散るように、生きるならば枯れることなく。



・最高の道徳とは、常日頃他人のために奉仕し、人類の愛のために働くことである。



・すべての人の目から、あらゆる涙を拭い去ることが私の願いである。




・道徳と進歩と改善とは、つねに離れることのできない関係にある。




・人間というものは信じた自分になることが多い。もし、自分にはそんなことはできないと思ってしまうと、それで本当にできなくなってしまう。しかし、もしできると信じたならば、たとえはじめはそのような能力がなかったとしても、それをなし遂げる力を得ることができるのです。




・幸せとは、自分が考えていること、言っていること、そしてやっていることが調和しているときのことを言います。



・弱い人間は決して許すことができない。許すということは、強い人間であることの象徴なのです。




・あなたが何をするにしても、それは些細なことでしょう。しかし、それをするということがとても大切なことなのです。



posted by 大森 at 18:00 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 成功マインド系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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